「震災復興税」のおかしさ


今朝、朝刊を見ると「震災復興税」が載っている。復興会議議長の五百旗頭真(いおきべ・まこと)防衛大学校長が提唱したものであるらしい。菅総理は増発する国債の発行を容認し、償還財源として2〜3年の時限措置としての1〜3%の消費税増税を検討しているという。(朝日新聞1面による)


私は、この「震災復興税」には反対。今は、毅然と財政出動国債の増発)をすべきだ。先に増税をするのではなく、マニフェストで国民に約束した「人への投資」を先行すべき。将来の社会保障のことを考えても、「助け合いの社会」を作っていくためには、財政の規模を大きくすべき。そして、経済指標が好転して増税に耐えられるような状態になった時に増税することを、あらかじめ約束する。つまり、投資を先行させ、その対価(償還)のための増税(費用徴収)は後に回すべきという主張。

私は党内の政調の各会議でも主張している。また、私のような主張をしている議員も多い。しかし、政調の役員には、なかなか伝わらない。

菅総理財務大臣をしていたからということもあるのだろうが、玄葉大臣(政調会長)の下で構成されている政調の役員たちも、財務省の論理に沿わなくてはならないと考えているのだろう。


戦後の焼け野原になったころのことを思い出そう。当時の「円」は国際的な信用力がなかった。世界銀行から借金をして新幹線も作られた。今の日本は、どうか。毎年毎年、経常収支の黒字を貯め込み、その結果、対外純資産は270兆円、19年連続世界一となった。そのため、我が国の通貨「円」は、世界中の通貨と交換することができ、世界中からモノを買うことができる。

有史以来、通貨は金(きん)等の物理的な価値を背景にするということで「価値」を示してきた。しかし、1971年のニクソンショックにより、ドルと金の兌換が停止された。以来、世界の通貨は物理的な価値を背景にする考え方から切り離され、言わば国家の信用力そのものが通貨の価値の背景となった。

そこで通貨のことを考える時に重要なのは、国家が投資するのは「自国にいる人間に如何に投資をするのか」ということである。(ちなみに、ここでの「人間」というのは外国籍の人間も含まれる。)どれだけ優秀な人間が自国の領域に居て経済活動を行っているのかということが国力を左右する時代になったからである。


今、日本の生産力は東日本大震災により大きな打撃を受けている。しかし国全体では供給過剰であったため、必要な需要に対して供給ができない生産力になっているという状況でもない。問題は部品や原材料の不足が、生産地・調達地の東北・北関東の被災により起こっているという現状だ。物流・調達のあり方をどのように考えるのかという視点からのメッセージが発せられないと、せっかくの復興の気運を冷やしかねない。


復興税で想定されている「2〜3年の時限措置としての1〜3%の消費税増税」というのは、1年1%で2.5兆円ということを考えると、最大でも3×3×2.5兆円ということで、22.5兆円だ。このぐらいの金額は、今の国債市場で十分に吸収できる。日銀総裁も、(今朝の朝刊によると)直接引き受けの必要性がないと明言している。

私ならば「まずは人への投資。財政の規模を大きくする。景気回復の後、必要なサービスであるかどうかを選挙で問い、段階的に消費税を上げていく。」というシンプルな姿勢を示す。そのようにして、分かりやすく、マニフェストに則った政権運営を行っていく必要があると思うのだが、いかがだろうか。


朝から思わずキーボードを叩いてしまった。

マニフェストを守る政治でなければ国民は一票の価値を実感できない。私は、国民との約束を守るために、今後も党内で主張を続けていく。


明日からは、統一地方選挙の後半戦。私の秘書「市本たかし」も天理市議会議員選挙に立候補を予定している。地道な活動が評価されるような活動を展開していきたい。