政府紙幣を発行するぐらいのであれば正面から国債を発行すればいい理由

「日本は財政危機だから、今はこれ以上国債を発行できない。だから「政府紙幣」を発行して、国にお金をばらまけばいい」とおっしゃる人がいます。

私も、現時点の経済状況を見れば、現時点で取るべき経済政策は、財政規模を大きくする政策(積極財政)と考えていますので、そのお気持ちは分かります。

(その際、きちんと断っておく必要があるのは、積極財政→公共投資を増やすということではありますが、従来型の土木事業一辺倒であっては、意味がないわけです。次の世代が必要としている、再生可能エネルギー(大規模長寿命蓄電池を含む)などに重点的な投資をするというイメージです。)


ただ、従来から申し上げている通り、「日本は財政危機」ではありません。
http://d.hatena.ne.jp/NakamuraTetsuji/20120621
http://d.hatena.ne.jp/NakamuraTetsuji/20120629

デフレが脱却するまでは、国債を発行して、いま銀行内に貯まっていて行き場のない円貨を政府が調達し、国内産業のために使えばいいわけです。この結果、デフレを脱却し、名目成長がプラスになったら、あらためて景気過熱を冷やし財政を健全化するために、その時点になって初めて増税を検討すればいいわけです。


しかし、このような立場に対して、「政府紙幣」発行論者は「経済のことが分かっていない」と私を批判されます。

「それならば、どこが間違っているのですか?」と伺うのですが、きちんとした答えが返ってきません。


この理由は、デフレ脱却のために政府紙幣を発行するべきと主張されている方によって、主張されている「政府紙幣」の制度がバラバラだからです。

この辺りの分析をしている詳しい論文はたくさんあります。
長く難しい論文ですが、ひとつ御紹介いたします。


政府紙幣発行の財政金融上の位置づけ―実務的観点からの考察―」
(財務総合政策研究所特別研究官 大久保和正(2004年4月))
http://www.mof.go.jp/pri/research/discussion_paper/ron086.pdf
(追記2020/06/14:現時点でリンクが切れているようです。こちらをご覧ください。)
http://www3.keizaireport.com/report.php/RID/19867/


現在も、500円玉以下の貨幣は、政府が発行している政府通貨です。

しかし、この貨幣も、市中に出る時には日銀から出ることになっています。

上記、大久保p.3-4を引用すると、このようなメカニズムになっています。


「政府から交付を受けた(発行された)貨幣は日本銀行の勘定においては政府の「別口預金勘定」に計上される。計上された貨幣は政府から日本銀行に寄託された「物」として管理されている(ただし価格は額面金額)。」

「貨幣が市中に出回ると、「別口預金」は「当座預金」に振り替えられ、そこで初めて政府が使えるお金になる。逆に、流通貨幣が日本銀行に還流してくると、「当座預金」は「別口預金」に振り替えられ、政府の支出できる残高がそれだけ減少する。」

「つまり、発行された貨幣のうち、流通貨幣のみが政府の使える資金になり、日本銀行保管の貨幣は政府の使える資金にはならないのである。」


これだけでは、イメージできないと思うので、より詳しい説明はこのブログを御覧になった後、上記大久保PDF全文を御覧下さい。

今の貨幣は、銀行が必要になった時に、日銀券と引き替えに日銀から貨幣を受け取ることになっています。また、貨幣が傷んだりした場合にも、銀行は日銀に傷んだ貨幣を持ち込み、日銀券を受け取ることになっています。

そして、日銀から銀行に貨幣が渡った時点で、日銀の政府口座である「別口預金」から「当座預金」にその分が振り替えられ、初めて政府が使える日銀券となるわけです。

そのため、今のままの制度で貨幣の代わりに政府紙幣を発行しても、何らの意味もないことになります。


そこで、「政府紙幣」論者は、「日銀に買わせて、日銀に貯め込ませればいい」とおっしゃるのですが、わざわざこのような奇策をしなくても、正面から国債を発行すればいいというのが私の立場です。

というのは、これ以上国債を発行することの問題が指摘されているのは、それにより通貨の信用を失い、国債が暴落するという点にあります。

この通貨の信用という意味においては、同じように日銀の資産を膨らませるのであれば、利息が付き市場で自由に売買される国債を発行する方が、通貨の信頼を保てます。

だから、国債を発行すれば良いのです。

政府紙幣発行・日銀引き受け」論者は、この点で、自己矛盾を起こしているわけです。


ということで、私は、気持ちは政府紙幣発行論者と同じだと思う(積極財政をして、未来へ重点的に投資をすべきという立場)のですが、政府紙幣を日銀に引き取らすよりも、正面から国債を発行した方が、通貨の信任も得られるし、大きな法改正もいらず、社会の混乱(市中に2種類の通貨が流通する・発行コストが2種類になる分だけ余分にかかる等)を防げるので、より良いと思うのです。

もし、さらなる疑問がありましたが、上記大久保PDFも御覧になった上で、御質問いただければ幸いです。
http://www.mof.go.jp/pri/research/discussion_paper/ron086.pdf