中村てつじ「日本再構築」ブログ

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財務省幹部著書に見る「財務省の罠」

いま「財務省の罠」というタイトルで原稿を書き始めています。原稿を書いて「これで公開しようか」と事務所スタッフにはかったところ、「この章は難しいので、入れない方が良いです」と言われボツになった章があります。全文削除というのも忍びないので、ブログ記事として公開することにしました。評判が良ければ、本文の方に戻したいと思います。それでは…


<以下、記事本文>

財務省幹部著書に見る「財務省の罠」


本棚を探してみると1冊の本が見つかりました。現在、財務省の幹部を務めている矢野康治氏の「決断!待ったなしの日本財政危機−平成の子どもたちの未来のために−」(東信堂(2005))という本でした(以下、「矢野書」と略)。

決断!待ったなしの日本財政危機―平成の子どもたちの未来のために

決断!待ったなしの日本財政危機―平成の子どもたちの未来のために


この本を買った当時、私は3期目の衆議院選挙に落選し浪人中でした。民主党の同僚の国会議員から、「日本の財政を全体から見ることのできる良い本なので、是非読んだ方が良いよ」と言われて買った本です。この本を読んだ当時、私は、国際金融や対外資産負債から国家財政や日本国債の信用を見るという視点を持っていませんでした。

財務省の優秀な官僚が書いた本なんだから間違いはないだろう」という気持ちで記述を完全に信じ込んで読んでいたことを思い出します。当時は、私が国家財政について講演をする際にも、財務省が発行している日本の財政について書いたパンフレットを使っていたぐらいです。


平成24年(2012年)に入って、与党内での「社会保障と税の一体改革」関連法案閣議決定までの議論や、7月〜8月の参議院社会保障と税の一体改革に関する特別委員会」での法案審議の議論の際、私は矢野氏と意見交換をしたことがあります。矢野氏の御主張は、それだけを聞いているとその通りだと思わされることがあります。しかし、私もこの数年間で知識が付いてきたので、今ならば矢野氏の御主張には重要な視点を欠いていることが分かってきました。

矢野氏も「財務省の罠」と言われることは本意でないでしょう。ただ、官僚の「罠」は当人達も気づいていない可能性があるので質(たち)が悪いわけです。ここでは、おそらく矢野氏が信じていらっしゃる理論の外にある問題点を提示して、今後の財務省との議論を深めていきたいと思います。


1.「財政赤字は「海外から借金していない限り問題はない」か?……No!」は本当か?

矢野氏の主張として、一番肝になっているのは、矢野書p.90からの「間違いだらけの「財政赤字の問題点」論争」と考えられます。国際収支の観点からの記述は重要な部分のはずなのですが、全196頁のうち6頁分しかありません(関連する部分としてp.41-45の5頁分を含めても11頁分)。その後は、「財政赤字の問題点」という記述が10頁分続きます。

この項では、第四章(注:原稿で書いた時の章立てです)で見てきた国際収支と政府の債務の関係から、本書で私が述べてきたことと矢野書で述べられていることの相違点を指摘して、読者の御判断を仰ごうと存じます。


まず、矢野書では日本国債の外国人(正確には「外国居住者」)保有率が低いことの指摘をしています。ただ、「なぜ低いのか」というメカニズムについての説明がありません。外国居住者の日本国債保有率が低いのは、自国通貨(円)を信用創造によって生み出すことのできる日本の銀行が、日本国債を大量に買う力をもっていること、銀行が企業への融資量を増やせないようなひどいデフレ下にあること、その結果、どうしても外国人よりも先に日本の銀行が国債を買ってしまうという構造的要因があります。

また、日本の経済状況が悪く金利が低いため、外国通貨建ての他国債に比べても相対的に日本国債金利が低くなっています。外国居住者からすれば自国通貨建ての国債(日本居住者から見れば外国債)の方が魅力的に見えることも理由の一つです。


ただ、近年、若干ですが外国人の日本国債保有額が上がってきています。日本円の価値が上がり「金利が低くても今後価値が上がりそうな通貨建ての債券を保有しよう」とする動きが増していると指摘できます。つまり、金と同じ様な金融商品として円や円建ての日本国債が選好されているということです。


次に、矢野書では、外国人保有率が低くても問題になり得るという根拠として、「個人金融資産残高に占める国・地方の長期債務残高の割合は着実に膨張してきており、そのすき間は金額ベースでみても狭くなってきています」と指摘しています。

しかし、これは、民間の主体があたかも家計のみと認識している点で問題です。民間主体には、家計の他に企業(非金融法人)があります。企業は、通常の場合債務主体ですが、日本の場合には、デフレ下で借金を返してきたため、フローでは近年、貯蓄主体であったことが分かります。そうすると、国内の資金需要を見る場合には、家計と企業の合計という民間部門全体で判断する必要があります。


第三章3(注:同上)で見て参りました通り、国債の発行により政府債務が増える分、民間部門(企業・家計)には貨幣(通貨・円)が増えます。その結果、民間部門の金融資産は増えていきます。これは、「民間部門の金融資産・負債差額」と「一般政府の金融負債・資産差額」の差を見ることにより検証できます。

第四章2(注:同上)で述べました通り、マクロ経済学の定義では「経常収支の黒字 = 資本収支の赤字」という関係にあります。日本のような経常収支の黒字国を何十年も続けている国では、毎年毎年国内では貯蓄超過になるので、資本が国外に流出する(=海外にお金を貸す)という現象が起きます。そのため、「民間=企業+家計」という単位で見た場合、当然、経常収支の黒字国である日本では、経常黒字の分だけ、毎年貯蓄額が政府の債務額を上回っているという関係にあるのです。


2.不思議なくらい触れない「経常収支」と「対外純資産」

矢野書を読み返して見て感じられるのは、不思議なくらい経常収支や対外純資産に触れていないことです。第三章や第四章(注:同上)で見ました通り、国家財政の信用度には国際収支や国債の通貨建てが非常に重要であることはハッキリしています。しかし、矢野書では、国際収支の視点がほとんどありません。

上で引用した箇所(p.95)の後で、以下のように述べています。

なお、海外から借金する状態とは、国内資金需要がひっ迫し、金利が上昇する結果、海外から国内に資金がネットで流入する状態です。これを図表2-11で見ると、国内金利の上昇により、資金需要者サイドでは、非金融法人部門の資金需要が減る(クラウディング・アウトされる)とともに、海外部門の資金需要がネットでなくなり、資金供給者サイドでは、家計部門の金融資産が増殖するとともに、新たに海外部門の資金供給がネットで登場します。これらによる需給緩和を、政府部門の金融負債の増幅が吸収するのです。裏を返していえば、政府部門の金融負債の増幅を十分吸収できるだけの需給調整(緩和)が起こるように国内金利が上がるのです。

皆さんは、この記述を一読して理解されるでしょうか。


まず、「海外から借金する状態」とは、資本収支の黒字=経常収支の赤字という状態になるということです。経常収支の赤字になるということは、日本が何十年もなったことが無いことです。日本は平成23年に何十年かぶりの貿易収支の赤字になりましたが、結局、膨大な所得収支の黒字があるので、経常収支全体では黒字でした。これから先、何年後になれば単年度でも「海外から借金する状態」になると矢野氏は考えていらっしゃるのか、補足の説明をしていただく必要があります。

また、「国内資金需要がひっ迫し」というのは、言い換えれば、景気が良くなって国内で資金を必要とする状態になるということです。景気が良くなるので、金利が高くなければお金を借りられなくなるため、「金利が上昇する」わけです。金利が上昇すれば、その金利に惹かれて資金が海外から投資されることになるので、「ネットで」つまり差し引きで流入する、つまり資本収支の黒字(=経常収支は赤字)ということになるという記述なのです。


次に、「国内金利の上昇により」の後に続く「非金融法人部門の資金需要が減る(クラウディング・アウトされる)」という部分は、金利が上昇するため、民間企業がお金を借りようとしても金利が高いので借りたくても借りられないという現象が起こるという意味です。金利が上がるために「締め出される」という意味で、「クラウディングアウト」という言葉で呼ばれます。また、「海外部門の資金需要がネットでなくなり、」「新たに海外部門の資金供給がネットで登場します。」という部分は、今まで海外へお金が流れていたという状態から、国内金利が上がるためにお金の流れが逆になり、海外へお金が流れるという状態から海外からお金が入ってくるという状態に変わるという意味です。

ただ、矢野書によると、金利の上昇により「家計部門の金融資産が増殖する」ともありますが、それは単に金利が上がる分だけ掛け目が上がるという意味で「金融資産が増殖する」のか、それ以外の「金融資産が増殖する」要素があるのか、ハッキリとは分かりません。


いずれにせよ、以上の記述をまとめると、景気が良くなり、経常収支が赤字になるくらいに海外からの投資が増え、資本収支の黒字になる場合を説明されていると分かり余す。そこで、矢野書の記述の問題は、その次の「これらによる需給緩和を、政府部門の金融負債の増幅が吸収するのです。裏を返していえば、政府部門の金融負債の増幅を十分吸収できるだけの需給調整(緩和)が起こるように国内金利が上がるのです。」という部分です。私には、一読しては意味が分かりませんでした。

おそらく、景気が良くなり金利が上がった場合に、政府部門が国債の発行を減らした場合には金利を下げるという方向に誘導できるが、政府部門が国債の発行を減らさない場合には、金利は上がってしまうということを矢野氏はおっしゃりたいのでしょう。

しかし、そもそも、現時点での日本の問題は、デフレ構造に陥っていることです。そこから脱して、景気を回復させることが必要なので、「国内資金需要がひっ迫」するぐらい景気が回復することは、むしろ好ましいことです。ただ、その「国内資金需要がひっ迫」するぐらい景気が回復することが望んでもできていないというのが現状です。


矢野氏は、その後、以下のように記述され、この項を結んでいらっしゃいます。

仮に、海外から資金がネットで流入してくるほど国内金利を上げなければ国債が十分消化されないとすれば、それは国債金利が欧米並の4〜5%以上にはね上がる大変な事態です。「海外から借金していない限りは問題ない」というのは、正しくは「海外から借金していない限りはまだ最悪の事態には至っていない」というだけのことでしょう。


先にも申し上げたように「海外から資金がネットで流入してくる」とは、経常収支が赤字になるということです。つまり、貿易収支と所得収支の双方が赤字にならないといけません。何十年先のことになるでしょうか。日本が工業国として世界の中で相対的に地位を落としていくことが矢野氏の議論の前提にあるようですが、超円高の中でも日本の製造業が強みを発揮して高レベルの輸出を続けていることはどのように見ていらっしゃるのかと思います。

また、「国債金利が欧米並の4〜5%以上にはね上がる」ということは、国債金利が4〜5%になるぐらい経済状況が回復しているということなので、それ自体は良いことのはずです。それを「大変な事態」と評されるということは、矢野氏は景気回復を望んでいらっしゃらないのでしょうか。


その次の矢野書の「「海外から借金していない限りは問題ない」というのは、正しくは「海外から借金していない限りはまだ最悪の事態には至っていない」というだけのことでしょう。」という部分も、論理の飛躍があることが分かります。

本書で説明して参りました通り、国家の信用に対して、日本のように対外純資産国であること(=「海外から借金していない」国)とギリシャのように対外純負債国であること(=「海外から借金して」いる国)は、全く状況が異なるからです。それを「正しくは〜というだけのことでしょう」と程度の差かのように記述すれば、読者に誤解を与えます。「そういうものなのかなあ」と信じ込んでしまうのは、かつての私だけでしょうか。