中村てつじ「日本再構築」ブログ

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国債の発行は「戦前財政への回帰」にはならない

財務省の罠』第十章の予定原稿(本文:約3800文字)


財務省の罠』(プロトタイプ版第一稿)を御覧になった方から、国債の発行について戦前の財政と比べた指摘をいただきました。つまり、国内で国債が消化されていることは戦前戦中も同じであり、国債を発行し続けると戦後のように大変なインフレになるのではないかという御懸念です。

戦後すぐは、預金封鎖など通貨供給量を減らす政策が数多く採られました。背景には、旺盛な需要があったのですが、通貨を減らさなければ過度なインフレを止められなかったのです。


この論点については、(1)通貨のルールがその頃と大きく違っていて経常黒字を垂れ流せる構造になったこと、(2)戦前戦中は戦争という「浪費」に政府支出を宛てていたのに対して、現在は生産力の拡大のための「投資」に宛てられているという点が大きく違うということが指摘できます。以下、この二点について説明いたします。


(1)通貨のルールについて

日本が戦後直面したインフレは、占領下で始まりました。敗戦国の日本の通貨を欲しがる人もなく、アメリカが作った「ブレトンウッズ体制」の下、日本は外貨不足に苦しむことになります。

その後、日本は輸出に力を入れ、対米黒字を積み上げました。アメリカは、1971年の「ニクソンショック」により、米ドルと金の兌換を停止しました。その背景にはアメリカの対日赤字について日本が改善をしなかったことがあると思われます。


その後、他の国が対米債権と引き替えに金(きん)を自国に持って帰ったのに対して、日本は、対ドルレートの切り上げを嫌って、そのまま対米債権(米国債)を持ち続けることを選択しました。

日本人は対米債権が金兌換通貨建てから不換貨幣建てに変わったことに対して鈍感だったと思います。他の国は「アメリカの紙幣は金とは違う」と言って金に交換したわけです。明らかに1971年に世界の通貨のルールが変わったのに、日本は自覚的にその意味を認識しませんでした。三國陽夫さんが既に御指摘されていることではありますが、今日まで続く問題の根があります。

ドルは如何に国際基軸通貨であるとしても、金などの普遍的な価値を持った物質ではないのです。


ニクソンショック」以降は、世界の貨幣は全て、実際の物質(金など)との直接の関係がなくなった通貨となりました。いわゆる「ペーパーマネー」です。逆に言えば、通貨が「ペーパーマネー」になって未だ41年しか経っていないということです。

ブレトンウッズ体制では、米ドルが金と交換可能でした。そのため、他の通貨も最終的には米ドルとの固定レートでの交換を通じて、金と交換可能であったわけです。ただ、この体制ではアメリカでの通貨供給量がアメリカが保有する金の総量に制約を受けるため、アメリカは適切な金融政策を打てなかったのです。


ただ、この「ニクソンショック」により、金との交換という縛りがなくなったため、通貨供給量は金と関係なく決まることになりました。対外貿易黒字国も、米ドルがアメリカが持つ金の保有量と関係がなくなったため、対米債権をすぐには回収しないで、そのまま持っておくという手段を採れるようになりました。

そのため、当面の通貨高を回避するという手段が生まれました。(かつての)日本のように貿易依存の強い国では、国全体が対外輸出に力を入れているため、通貨高になることを嫌い、結局、富を流出させることを放置しました。(この点のロジックは、第四章2で書いた通りです。)

本来は、日本もアメリカから輸出と同額の輸入をすれば良かったのでしょうが、輸入を増やすためには外国から輸入する物を消費する国民が必要です。そのためには、労働分配率の引き上げなどが必要になります。日本ではそのような取り組みが為されなかったため、対米黒字が構造的に固定化するようになってしまいました。その結果、日本の通貨円は、常に通貨高の圧力を抱えることになりました。


ただ、日本やドイツという工業国においては、通貨を強制的に切り上げられる金本位制度よりも、対外的な金融資産を膨らませることにより通貨の価値を実質的に切り下げ、輸出の絶対量を維持できる現在の変動相場制の方が、目先の仕事を増やすことができ、雇用の維持の面で有利とも言えます。


良い機会なので、ここでドイツについて付言しておきます。ドイツは統一通貨ユーロによって通貨安のメリットを受けています。単独通貨マルクであれば、ドイツは経常黒字の国なので通貨高の圧力がかかるはずです。しかし、他の国が経常収支の赤字を出しているのでユーロの価値を下げてくれています。それゆえ、ドイツは実質的な通貨の切り下げの恩恵を受け、輸出を順調に維持できています。

私から見れば、今問題になっている欧州債務問題について、ユーロによってメリットを受けているドイツが他の国の財政を支えるべきなのは自明のことだと思えます。

ドイツは困った国で、経常黒字を出しているので財政は赤字を出せるのですが、経常赤字である他のヨーロッパ諸国と同じように債務を減らそうと努力をしています。

この点は、日本の政府と似ています。日本もドイツも共に敗戦国であり共に過去にインフレで困った国であるので、共にデフレ政策を採るという伝統があるのかも知れません。


日本は、ドイツと違って単独通貨なので、経常黒字の影響を強く受け、常に通貨高圧力がかかった状態にあります。この点は第四章で説明した通りです。それゆえ、日本は、対外投資という形で国外に富が流出している分、通貨価値を下げることにもなる国債の発行は、必要な需要の不足を補うという目的で政府支出を増やすために必要だと言えるのです。


(2)戦争と福祉・公共事業の違い

戦後経験したインフレを考えると、国債の発行額が大きくなると、通貨の価値が落ちすぎるのではないかと不安になる方も多いと思います。

しかし、その頃と今の違いは、その頃は、フローでは経常赤字国、ストックでは対外純負債国であったのに対して、今は、フローでは経常黒字国、ストックでは対外純資産国となっているということです。つまり、かつては通貨安の圧力がかかっていたのが、今は通貨高の圧力がかかっているということです。


通貨高の圧力がかかっていれば、自国通貨建ての国債は償還期に確実に価値の高い通貨で償還されることになります。それゆえ、投資家から選ばれます。繰り返しになりますが、国債の信用度と国際収支が深く関係しているのは、償還期の通貨の価値がどうなっているのかは経常収支や対外資産負債によって決まるからです。

そして、経常収支の黒字の一番大きな要素と言えば、その国の持つ輸出力です。経常収支は、貿易収支と所得収支から構成されます。所得収支も、過去の貿易収支の黒字で稼いだ対外資産が生み出した配当なので、その源泉は貿易収支の黒字と言えます。貿易収支の黒字のためには、輸出力が必要です。

その輸出力の一番大きな要素が、強い工業力です。日本(やドイツ)が自国への投資を続け、工業力を相対的に落とさなければ、日本(やドイツ)は、いつまでも強い経済と強い通貨を維持することができるわけです。


他の国からすると、採りたくても採れない財政拡張政策を、日本(やドイツ)は採ることができるわけです。


そこで、自国への投資を(相対的に高まった通貨高の力を利用して)国債を発行して行えば良いのです。この点が、戦費に使われた戦前戦中と違うところです。戦費に使われても、その結果国内に残るものはありません。単なる「浪費」です。しかし、現在の福祉・公共事業に投資する形で使われると、工業力の維持・増大に必要な人的・物的資源(リソース)を増やすことができます。広い意味での「投資」となります。

この視点から見ると、「子ども手当」「高校無償化」「大学の無償化」も、本来の目的である「社会全体で子の育ちを支援する」という目的以上に、マクロ的には経済政策としての効果があることが分かります。

また、社会保障などの福祉政策も、国民全体の福利を増進させるため、人材への「投資」となります。例えば、年老いた両親の介護の負担で悩んでいる若い世代も、介護の社会化により安心して仕事に打ち込めるようになります。国全体として安心して人材の育成に集中できるため、結果として工業力を維持できるようになるのです。


なぜ工業力が通貨高に繋がる国力の源泉なのか

ここで「なぜ工業力なのか」という疑問を持たれるかも知れません。産業は、一次産業、二次産業、三次産業の3つに大別されます。三次産業はサービス業なので消費者の時間を使います。つまり、三次産業は豊かな社会にとっては不可欠ではありますが、原則として国内消費にしか効果がありません。

これに対して、二次産業=工業の場合は、生産された製品が作った人の手を離れて移動し、海外でも消費されます。工業力を持つ国は通商力を持つので、輸出力を維持することができ、その輸出代金で、二次産業の維持や国民の消費活動に必要な資源を輸入できます。輸入すべき資源は、食糧やエネルギーであり、多くは一次産業からの生産物なので、付加価値を作り出すことのできる工業力を持っている国が相対的に強い国であるわけです。


私が政治家として、工業力の維持を政策目標にしている意味は、この点にあります。国家としては、日本やドイツが指向してきたように、工業国を目指すことが世界最強の経済力を持つ国になる一番良い方法となります。

ただ、日本やドイツが先行しているので、他の国が日本やドイツになろうとしても簡単ではありません。反対に、日本やドイツは、情報通信革命期の現代においては「人こそ国の資源」なのですから、よっぽど人への投資を怠らない限り、相対的な工業力を維持できることになります。

問題は、日本やドイツの政府がそのことを自覚しているのかどうかということです。若者が失業すれば、社会人になって鍛えられる機会を失います。社会人として二十代、三十代に鍛えられるがゆえに、四十代、五十代になって高度な生産ができる人材になれるわけです。だから、何よりも若者の雇用を維持することが国家としての大きな役割になります。

その意味で、緊縮財政、デフレ経済は、若者から仕事を奪います。日本やドイツの政府の発信しているメッセージを見ると、世界経済の構造的変化を理解できていないのではないか、「角をためて牛を殺す」ことになりはしないかと、心配しています。

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