中村てつじ「日本再構築」ブログ

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追記3:井上智洋著「ヘリコプターマネー」の先進性

このブログでは井上智洋著「ヘリコプターマネー」の記述の中で不十分だと思う点を指摘はしているが、それだからといって読者には決して本書が読むに値しない本だとは思わないでいただきたい。本書は先進性があり、その点は高く評価されるべきだからだ。

どこが先進的なのか。

本書の最大のポイントは、物価と貨幣量の関係を考える場合に、マネーストックと物価の関係を考える必要があると明確に述べている点である。本書のP.136〜138をご覧頂きたい。

「「貨幣量」といっても「マネタリーベース」と「マネーストック」の二つの指標がある」(P.136)

「これら二つの貨幣量の区別は経済学者なら誰でも知っていることだが、それにもかかわらず一体どちらの貨幣量について言及しているのか明確にせずに話が進められることが少なくない」(P.137)

私が指摘している点をたいしたことないと思われる読者もいらっしゃるかも知れないが、私の経験上、まさに経済学者の多くがマネタリーベースとマネーストックを混同して議論していることに混乱の原因があると感じてきた。

その点を経済学者でいらっしゃる井上先生が正面から指摘されている点に、本書の大きな価値がある。

経済学の教科書でも、マネーストックとマネタリーベースを混同している記述は多い。特に、マネタリーベースを増やせば、そのままマネーストックが増えるということを前提にして書かれている。

(【コラム】 マネタリーベース、マネーストック信用創造 言葉の意味)http://d.hatena.ne.jp/NakamuraTetsuji/20161229#p2

その大きな原因は、従来はマネタリーベースを増やせばマネーストックが増える傾向にあったからである。特に政策金利が高い時には、政策金利を下げる=金融緩和をすれば貸し出しが増え、マネタリーベースもマネーストックも伸びた。

そのため、多くの経済学者がマネタリーベースの量とマネーストックの量に因果関係があると思ったのだろう。ただ、信用創造のメカニズムを押さえると、マネタリーベースを増やしても、そのまま自動的にマネーストックが増えるわけではないことは分かるはずである。両者は今まで相関関係にあっただけで、相関関係が切れる条件も認識すべきだったと私は指摘したい。

なぜ、信用創造のメカニズムはあまり知られていないのか。

原因は私にも分からないが、例えばウィキペディア信用創造の記述を見ても、法定準備率がマネーストック増の制約になっているという記述が見られる。

しかし、現実は法定準備率はマネーストックの量の制約にはならない。(むしろ自己資本比率規制の方がマネーストック量の制約になる。)なぜならば、人為的にマネタリーベースの量を操作する金融政策が行われない限り、マネタリーベースの量は、マネーストックの量に法定準備率をかけた量によって決まるからである。

つまり、

多くの経済学者の認識(この点は井上先生も同じと思われる)
マネタリーベースの量→法定準備率→マネーストックの量(上限)

実際の関係
マネーストックの量→法定準備率→マネタリーベースの量(但し人為的な操作がない場合)

である。

マネタリーベースの量が金融政策によって人為的に増やされる場合には、マネーストックの量に法定準備率をかけても、それ以上のお金が日銀当預口座に積まれてしまい、上記の「実際の関係」は崩れてしまう。

ただ、多くの経済学者の認識は上記のような関係にあるという認識なので、マネタリーベースの量を増やしさえすればマネーストックが増えると思い込んでしまったのだろう。だから、黒田総裁の異次元緩和にも関わらずマネーストックが増えないのかという疑問に陥ってしまう。

信用創造は預金の設定によって行われる。(この点は、このブログでも従来から指摘してきた通り)

第一の経路:貸し出し
銀行が自らの意思で預金の設定を行う

第二の経路:国債の新規発行+政府支出増
銀行の意思に関係なく、政府からの振込によって預金の設定が行われる

という関係にある。

井上本でもP.50で

「本章では、ヘリコプターマネーの具体的な実施形態として政府紙幣「財政ファイナンス」(財政政策と金融政策のコンビネーション)を紹介し、それぞれのもたらす効果について論じる。」

と述べているが、正確には、後者は「国債の新規発行+政府支出増」とでもすべきである。

新規に発行された国債日本銀行が買うかどうかは、信用創造が終わった後(ヘリコプターマネーが配布された後)に、銀行のバランスシートにある国債を日銀当座預金に置きかえるかどうかということにすぎないからである。

井上先生が本書でこのような整理をされたのは、金融緩和政策を御考えの時に財政拡大政策と組み合わされたからだと私は推測する。正面から国債の新規発行+財政拡大がマネーストックを増やすということを認識されていれば、日銀による国債の引き受けはマネーストックが増えた後の話だと気づかれるはずだからである。

そういった意味では、本書は先進性で抜きんでているが、私としては更にもう一歩進んでいただいて、精緻な議論を今後の井上先生に展開していただきたいと希望している。