「里山資本主義」と「マネー資本主義」

(2013/11/18「中村てつじメールニュース」バックナンバー)

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先週末11月16日(土)の午後、奈良NPOセンターの主催で「里山資本主義」の講演会が行われました。基調講演は「里山資本主義」という言葉を作られた、NHK広島放送局の井上恭介(いのうえ・きょうすけ)プロデューサーでした。

講演の開始前には、NHKの「エコチャンネル」という動画サイトの紹介がありました。このURLから番組を御覧になることができます。
http://www.nhk.or.jp/eco-channel/jp/satoyama/interview/motani01.html


私が「里山資本主義」という言葉に共感したのは、井上プロデューサーが以前、「マネー資本主義」というNHKの番組を作られた人だったからということもあるのかも知れません。

皆さま御存じの通り、私の国際金融に対する知識は、草野豊己さん、山口正洋さん(ぐっちーさん)、岩本沙弓さんの著作や講演から主に得ています。草野豊己さんは残念ながら今年5月に急逝されました。草野さんからは、ご生前に、番組「マネー資本主義」の制作に係わったという話を伺っておりました。

私は「デフレの正体」の頃から藻谷浩介さんのファンなので新書「里山資本主義」が出たときに購入しました。拝読し「あの「マネー資本主義」のプロデューサーがこの番組群を作られているのか」という感慨を覚えました。

「マネー資本主義」という番組は、サブプライムローン問題を発端にしてリーマンショック に続いていった、世界の金融・経済を描いた番組でした。マネーゲーム化した現状に警鐘を鳴らす報道姿勢に共感を覚えた人は少なからずいらっしゃったと思います。

金融・経済がグローバル化する「マネー資本主義」はそれだけでは人を幸せにはしません。ただ、消費者としては、経済のグローバル化から恩恵を受けます。経済のグローバル化を全否定することは、産業革命の時のラッダイト運動(機械打ち壊し運動)が失敗したことからも現実的ではありません。

「それでは、別のところに解決策はないのか。」

ということを考えます。藻谷さんが仰るように、人間が生きていくのに必要なのは、「水と食料と燃料」です(新書「里山資本主義」p.117)。(もっとも私はそれに「住宅」を追加しますが。)

日本の国際収支を見ても、食料は単にアウトソーシングしているだけと分かりますが、燃料(エネルギー)は輸入しなければどうにもなりません。

そこで鍵になるのは「石油」です。

最近、「海賊とよばれた男」や「出水佐三の日本人にかえれ」などが出版され、20世紀に基幹燃料となった石油をめぐる物語が、良く知られるようになってきました。

出光佐三の日本人にかえれ

出光佐三の日本人にかえれ

石油は20世紀から今日まで、世界の全てを左右しました。そうすると、私たちが石油依存の世界からエネルギー自給の方向に軸足をシフトしていくことをめざせば、人の暮らし方から何から世界の全てのものが変わってくることが見えてきます。

私が、政権交代前から民主党で「森林・林業再生プラン」の策定に携わってきたのも、森林資源の有効活用によって、国土が守られ、日本人の暮らしに人間らしさを取り戻していけるという確信があったからです。

奈良県が森林県であることも、動機の一因でした。

いま私が申し上げた時代の流れは、例えば養老孟司編「石油に頼らない/森から始める日本再生」(北海道新聞社:2010年)等にも見られるのですが、今すでに起き始めている時代の流れを象徴する「言葉」はありませんでした。

石油に頼らない―森から始める日本再生

石油に頼らない―森から始める日本再生

その時代の流れを象徴する「言葉」として「里山資本主義」という言葉を生み出されたのも、「マネー資本主義」の番組群を作ってこられた井上プロデューサーならではだったのではないかと思います。


前置きが長くなってしまいました。

井上さんの講演と、その後の村上良雄(むらかみ・よしお)理事長との対談であらためて確認できたことが数点ありました。簡単に御紹介いたします。


まず、里山資本主義の基本的作法」として3点あげられていました。

1.収入(または売り上げ)を増やすのではなく、支出を減らす。
2.「大きいことはいいことだ」から「スモール・イズ・ビューティフル」へ
3.分業を極めるのではなく、「ひとり何役」を心がける


そのうち、1の「支出を減らす」というのが、一番重要かと思われます。本「里山資本主義」p.176-177にも紹介されている「域際収支」(いきさいしゅうし)という考え方です。域際収支とは、「商品やサービスを地域外に売って得た金額と、逆に外から購入した金額の差を示した数字」です。

「国で言うところの貿易収支なのか、貿易赤字なのかを、都道府県で示している」というのが、ポイントです。(同p.175)


この点が重要だと思えるのは、井上さんは里山資本主義とグローバル経済(マネー資本主義)を両立可能なものと捉えて、めざすべき社会像を提示されていたからです。

私も同感です。全てのものを置き換えなければ意味がないと思うのではなくて、一部でも置き換えられ対外的な依存関係を減らすことができれば意味があると思うということです。

それと関係して「ある種のダブルスタンダードが必要です」(井上さん)という指摘がありました。

(1)地域の中では市場の影響を受けないように
(2)お金を稼ぐ必要も有り外に対してはできるだけ高いお金で買ってもらう

という2つの方向性です。例えられていたのは、有機野菜を作って高い値段で市場に買ってもらっている農場では、みんな、ユニクロヒートテックを着て作業をしているという構造でした。


今号は、この時点で100行を超えましたので、これくらいにしておきます。藻谷さんや井上さんの立場、特に、「支出を減らす」については、反対派からは「需要を減らすことになるので、経済成長を抑えることになる。デフレが進む」という批判が考えられます。

私から見れば全く理由のない批判です。確かに域際収支の「支出を減らす」ということを考えると、通貨を介在しない経済の規模が大きくなり、個人消費の規模が縮小するのでデフレが進みそうです。

確かに、GDPの6割は個人消費が占めています。しかし、需要には、個人消費の他に、民間投資、公共投資を含む政府支出もあります。

公共投資に「里山資本主義」の考え方を導入することによって、新たな社会的需要を喚起することができます。これは、日本の高い通貨力とそれを支える輸出力・工業力を活用すれば可能です。(当メールニュース「通貨のひみつ」シリーズを参照のこと)

そうすれば、マクロ経済の視点からも、国際収支上の弱点となっているエネルギー分野は、積極的に公的投資や民間投資による補強をするべきという話になるわけです。

この辺りのマクロ経済と「里山資本主義」の関係については、要望があれば、更にこのメールニュースで詳しく書こうと思います。

【参考】内閣府「国民経済計算(GDP統計)」
http://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/menu.html

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【告知】来年5月24日(土)午後に第2回の「里山資本主義」の講演会が行われます。講師は藻谷浩介さんです。主催は今回と同じく奈良NPOセンターです。半年も先の話になりますが、ぜひ、今から日程をあけていただければ幸いです。

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