3:なぜ銀行は「貸せない」のか

(2013/09/05「中村てつじメールニュース」バックナンバー)

                      • -

前号に引き続いて「通貨のひみつ」シリーズ、その3です。

前回のメールの「この結果、融資を行ったことにより、100万円の「預金」が新たに生まれたことになります。」という部分について感想をいただきました。

「これ、わかりにくいですね。資産は持っているもの、負債は借りているものという概念が一般的だと思います。それでは、ここでいう預金?は誰が誰に対して預けたものなのか解りにくいですね」という感想です。

この点が「信用創造」を理解するときに、ちょっと考え方を変えてもらう必要がある部分なのです。前回のメールで理解していただいた方には繰返しになりますが、補足の説明をいたします。


A銀行が中村商店に100万円を貸すということは、いったんは中村商店にお金が入るのですが、そのお金が預金の形でA銀行の中村商店名義の通帳の中に預けられるということになります。

中村商店にとっては、A銀行に対する100万円分の債務を負う代わりに、借りた100万円をA銀行にある自分名義の口座に預けるので100万円の預金を資産として持つということになります。

これに対して、A銀行にとっては、中村商店に対して100万円分の債権を持つ代わりに、貸した100万円はそのまま中村商店から預けられて自行の中村商店名義の口座に預金として入るということになります。

これが「預金設定」という融資の方法です。

ちょっと分かりにくいかも知れないですが、昨日のメールと合わせてもう一度読んでいただければ、理解して頂けるのではないかと思います。


さて、前号の終わりのところで、「それならば、銀行はもっとお金を貸せばいいじゃないか」という疑問を持たれるでしょう、ということを書きました。

銀行が自由に預金を創造できるのだからと考えれば、その通りです。しかし、ことはそんなに簡単には行きません。

銀行は「貸さない」のではなく「貸せない」のです。
今号では、その理由を説明いたします。

前号までの例を引き継いで説明します。

A銀行が中村商店に100万円の融資をした瞬間は、A銀行は中村銀行の口座に100万円と書き込むだけなのですが、次の瞬間からは状況が変わります。

100万円という数字が通帳に書き込まれた瞬間、中村商店は、100万円を現金で引き出すこともできるようになりますし、100万円を取引先が持つB銀行の口座に送金することもできるようになります。

中村商店が100万円を現金で引き出す場合には、A銀行の資産から100万円の現金が減ることになります。

また、100万円を取引先が持つB銀行の口座に送金する場合には、A銀行はB銀行に100万円を支払わなくてはなりません。

最近は電子的に振り込みがなされます。中村商店が取引先に送金すれば、中村商店のA銀行の口座から100万円が消えます。そして即時に取引先のB銀行の口座に100万円が増えます。

しかし、この瞬間は、電子的には数字が移動しているだけです。その時点ではA銀行からB銀行に送金をしなければならない義務は残っていて決済は未だ行われていません。「決済」とは、一般的な言葉では支払いのことです。

そこで、「銀行同士の決済はどこで行われているのだろう」という疑問が湧いてくるでしょう。


結論から言えば、各銀行が日本銀行に対して持っている当座預金口座を使って決済がされることになります。この「日本銀行に対して持っている当座預金」のことを「日本銀行当座預金」、略して「日銀当預」(にちぎんとうよ)と呼ばれます。

銀行間の決済は、現実には、全国銀行資金決済ネットワーク(全銀ネット)を通じて行われます。銀行間の取引の情報は、一度「全国銀行データ通信システム」(全銀システム)に情報が集められます。

仮に、その日は中村商店から取引先への送金だけでなく、ほかにもたくさんの送金がA銀行とB銀行との間でなされたとします。

そこで、A銀行からB銀行への振り込み、B銀行からA銀行への振り込みをそれぞれを足し合わせて、毎日1回それらを差し引きした額を、決まった時間に累計の送金額が多い銀行から相手の銀行に送金をしなければなりません。

相互に振り込みをした差し引きの金額が、15時の時点でA銀行からB銀行へ1億円になったとします。

つまり、その日、A銀行からB銀行に1億円を支払わなくてはならなくなったという状況を仮定します。

A銀行からB銀行に1億円の送金がされなくてはならないという情報は、全銀システムから日本銀行に送られます。

その情報を下にして、毎日16時15分にA銀行の日銀当預から1億円が全銀ネットの日銀当預に振り替えられ、同時に、全銀ネットの日銀当預から1億円がB銀行の日銀当預に振り替えられることになります。


このように、銀行同士の決済は、それぞれが日本銀行に持っている当座預金口座にある預金を振り替えることによって行われます。

つまり、銀行が融資を行う場合には、その日に他の銀行から送金を受ける場合もあるので一方的に自行の資産が減るわけではないのだけど、いくばくかの現金の流出か日本銀行に預けている当座預金の流出は覚悟しなければならないと
いうことです。

先の例で言えば、A銀行が中村商店に100万円を貸すということは、いつでも現金引き出しや送金に使われるかもしれないということ。言い換えれば、送金に使われた場合には、その日のうちに、A銀行が日本銀行に対して持っている当座預金の額が100万円分減るかも知れないということも覚悟しておかな
ければならないということでもあります。


そうすると、不況の中では、能力的に銀行が融資をすることが可能だとしても、実際に融資を行うと資産が減るリスクも高くなるということが理解できます。

確かに、融資をしても、その分がそのまま他の銀行に送金されるわけでもないでしょうし、他の銀行から送金を受ける分もあるので、融資額そのままのお金が自分の銀行から無くなるわけではありません。

しかし、融資先が焦げ付くと、銀行側の資産である貸金債権は劣化してしまいます。100%は返してもらえない債権になります。これを「不良債権」と言います。債権は資産ですので、不良債権は不良資産ということです。

不良資産は額面の額では換金できないので、結果、銀行の総資産が減ることになります。そうすると、預金に見合う資産がないということになりかねません。


預金は銀行にとっては借金ですので、預金者から取り立てられて、その分を調達できない場合には、その銀行が破綻(はたん)するということになります。

今は、緊急時には日銀がサポートするしくみが幾重にも用意されていますので、簡単には取り付け騒ぎが起きないようになっています。しかし、債務超過ということになると銀行そのものの経営は、政府や他の銀行の手に渡ることになるので、融資先が焦げ付くと銀行が困るという構造は何も変わりません。


今は残念ながら、不況です。融資をしても焦げ付きかねず、銀行としては積極的にお金を貸せません。貸したくても貸せないのです。

いくら日銀がマネタリーベースを増やして銀行にお金を流しても、銀行としては、怖くて貸せないというのが本音でしょう。

地元の商工会へ訪問して意見を伺っても「中村さん、銀行が融資をするのは信用保証協会の保証が付いたものばかりですよ。何とかなりませんか」と言われます。

一方で、大手の企業や業績のよい企業には、銀行はお金を貸したくて仕方ありません。銀行は頼み込んでお金を貸すことになります。ただ、デフレ下の中で有利子負債を背負っていると、どんどん債務の重さが増してしまうので、むしろ優良な企業ほど、借金を返すことになります。

不況からの脱却には、民間が使えるお金の量を増やさなければなりません。世の中への通貨の供給を増やす一番良い方法は融資です。しかし、不況ゆえに融資が行いにくいというのも、金融のメカニズムです。


以上の説明から「そうすると、八方ふさがりではないか」という感想をお持ちになったかも知れません。

実はそうではありません。もう一つ、信用創造の方法があります。次号からは、もう一つの信用創造の方法である「国債の発行+政府支出」について説明をいたします。そのイントロとして、次号では基礎的な知識である「マネーストック」と「マネタリーベース」の違いについて説明をいたします。

                      • -

以上のような記事を皆さまにお届けする「中村てつじメールニュース」。登録はこちらから> http://tezj.jp/mailnews/