第10回「国債の発行で住宅投資を」(第6回)

住宅産業新聞連載「住宅産業が日本経済を救う」
2015年(平成27年)10月1日(木曜日)号
第10回「国債の発行で住宅投資を」(第6回)

 前回は国債発行に伴うリスクとして「信用創造によるインフレと通貨安のリスク」を述べた。今回はもう一つのリスクである「バーゼル銀行監督委員会による自己資本規制強化のリスク」から述べる。

【リスク2:銀行へのリスク】
 バーゼル銀行監督委員会とは、金融機関の国際ルールを決める組織であり、G20中央銀行と金融監督当局の代表で構成される。スイスのバーゼルにある国際決済銀行が事務局を担当している。
 今年の春、金利が上昇し国債の価格が下落した場合に銀行が直面するリスクについてバーゼル委で議論がなされた。欧州が主導してきた第一案では金利が上昇するリスクを計算して銀行は必要な資本を機械的に積み増さなければならなくなる。これに対して日米が支持する第二案では資本の積み増しを直ちには求めず金融規制当局が金利リスクを判断して必要な勧告等を出すに留まる。今月十一日までが各国からの意見表明の期限だった。
 欧州の場合、ギリシャ問題で見られたように自国の中央銀行が自由に自国国債を購入して国債金利を下げることはできない。そのため、金利リスクに備えるには国債保有量に応じて機械的自己資本を積み増しておくべきという考え方になる。
 これに対して、日米の場合、自国の中央銀行が必要に応じて自由に自国国債を購入して金利を適正な水準に持っていくことができる。国債の場合、償還期に全額必ず償還されるので債券としての信用リスクはゼロである。そのため、国債保有量に応じて機械的自己資本を積み増すということは過剰な規制と言える。
 逆側から見れば、日米では自由に国債を発行して銀行に引き受けさせ柔軟な財政政策を取ることができる。これに対して欧州では国債を自由に発行できず硬直的な財政政策しか取ることができない。通貨統合のコストとは言え、欧州は手足を縛られて経済政策を取らなくてはならない。その縛りを日米にも及ぼし経済競争の条件を同じにしようというのが今回のバーゼル委での議論と見ることもできる。
 日本の国益を考えるのであれば、日本はバーゼル委でも第二案の正当性を厳しく主張して第一案の論理的矛盾を強く主張すべきである。しかし、残念なことに、当の黒田東彦日銀総裁バーゼル委を口実に財政健全化への言及を強めるなど、国債発行へのブレーキを踏むような主張をしている。前回述べたように、いくら金融緩和をしても需要が増えなければ物価上昇率は上がらない。黒田総裁がめざす2%も実現できない。現状では労働者の実質所得が低迷して消費は増えず、消費増を前提とした設備投資も期待できない。そうなると、国債発行と政府支出増により、需要創出と信用創造を同時に実現する方法しかないはずだ。黒田総裁もこのメカニズムは百も承知だろう。政治家の理解が不十分であることをいいことに出身省庁である財務省の論理を前面に出しているのである。
 また、仮に第一案が採用された場合には銀行の資産から国債を切り離す政策を取れば良い(国債のオフバランス化)。一つの方法はいま日銀が行っている国債の買い切りである。もう一つの方法は民間が持つ銀行の総合口座国債の口座と国債担保貸し付けの機能を加えることである。定期預金と比べて利率が高い国債は一般の預金者でも買いたいはずである。しかし現状ではしくみとして一般の国債は買いにくいし、手元の資金が必要になったときに換金もしにくい。総合口座国債口座と国債担保貸し付けの機能をつけることで銀行の持っている国債を円滑に民間へと移転させられる。
 いずれにせよ、私たち国民としては、この秋から始まるバーゼル委での議論を注視し、財政再建論者が唱える増税路線について理論武装をしておかなければならない。

【政府通貨は可能か?】
 通貨について講演や執筆をしていると、政府が直に通貨を発行すればいいのではないかという質問をいただく。政府通貨(政府貨幣)である。確かに、金利ゼロの通貨そのものを政府が発行できれば、財政危機論も回避できる。しかし、その場合、日本に日本銀行券と政府通貨という二種類の通貨が流通することになる。同じ「円」と言っても、日本銀行券と政府通貨の交換レートをどうするのか、しくみをどのように作るのかという問題が横たわってくる。結論から言えば、政府通貨は制度として作ることができる。しかし、それには相応の工夫が必要になる。 具体的な手段としては、政府が政府通貨を発行するとき日本銀行にある政府口座に政府通貨を預け入れることになる。この時、日本銀行貸借対照表では、資産に政府通貨が計上され、負債に同額の日本銀行当座預金が計上される。ここで問題になるのは、政府通貨が終局的にどのような経済的価値を持つ物と交換できるのかということである。もし、交換できないのであれば、政府通貨は無利息・無期限の国債と同じになる。経済的価値はゼロと評価するしかなく、日本銀行貸借対照表が傷んでしまう。この制約は、政府通貨を発行するときに一億円硬貨など物理的な貨幣を発行する場合でも同じである。
 ここに一つの解答を用意されたのが大阪学院大学の丹羽春喜名誉教授である。平成一四年の論文「政府貨幣と日銀券の本質的な違いに着目せよ!」において、政府通貨を「諸財への請求権証」と捉えることによって、日本銀行貸借対照表を傷めずに政府通貨を発行できることを論証されている。(安部芳裕「世界超恐慌の正体」(2012年:晋遊舎)p.324参照)
 つまり、政府通貨を「諸財への請求権証」という物権的証券と捉えることで、日本銀行は国有財産を担保にして日本銀行券を発行できることになる。確かに「諸財」との交換を現実に行う場合にはどのような手続きによるのか、その評価方法はどうするのか等の問題は残る。しかし、現実に日本銀行が政府通貨と国有財産の交換をすべき時というのは、対外関係において日本が対外純債務国となり、民間に流通するお金を政府通貨発行分だけ償却しなければ円の価値が低くなりすぎるような状況に陥ることが条件となる。世界一の純債権国であり世界屈指の工業国である我が国が通常の金融政策の枠を越えて更に政府通貨の償却を行わなければ円安を止められないような状況が来るまでには、数十年間もの間、意図的に国力の減少について国を挙げて怠けて何もしないということが前提条件となる。全くありえないと言って良いだろう。
 このように政府通貨の制度は理論的には作り出せる。しかし、実現できない理由がもう一つある。一般の銀行にメリットがないことである。国債はリスク無く銀行に利息分の収益を約束する。政府通貨が発行されると、その分の国債の発行が抑えられ、国債の発行で得られた収益が銀行にもたらされなくなる。政府通貨が実現できないのは、銀行側の既得権益を侵してしまうという面もあるのだろう。

【通貨の本当の価値】
 ここまで6回に渡って国債発行を財源にして住宅へ投資を行うべき理由を述べた。ここで、そもそも通貨の本当の価値は何で決まっているのか疑問を持たれた方もいらっしゃったのではないだろうか。
 通貨の価値はその通貨圏で生活している人たちの経済活動によって決まる。つまり、円の価値は私たち日本に生きる者が日々行っている経済活動によって決まっている。その根拠になっている法律日本銀行法第四六条である。第一項「日本銀行は、銀行券を発行する。」第二項「前項の規定により日本銀行が発行する銀行券(以下「日本銀行券」という。)は、法貨として無制限に通用する。」と規定する。
 経済取引の決済には相手が受け取りを拒めない通貨を使うのが一番やりやすい。円が日銀法により強制通用力を与えられているので、結局、私たち日本に生きる者は円を使って取引をすることになる。1億2000万人の経済活動の集積が今の円の価値を高めているわけである。国債の発行による財政支出も、特定の人に利権が及ぶのではなく、一般の人々が生活を向上するために使えば、日本の経済力を高め、対外的な通貨の価値も維持できる。日本政府には、世界一の純債権国である力を使って、国民を豊かにする経済政策が求められているのである。

 (2020年11月26日バックナンバーをブログに転載。太字はブログ掲載時に追加したもの。)