第11回「公的住宅投資を阻む制約」

住宅産業新聞連載「住宅産業が日本経済を救う」
2015年(平成27年)10月29日(木曜日)号
第11回「公的住宅投資を阻む制約」

 前回まで6回に渡り公的住宅投資の財源として、国債の発行や政府通貨の発行を活用すべきだと述べた。ただ、財務省が財政危機論を採る現時点では、私が述べた財源論は主要メディアでは取り上げられない。本来、国民経済のためには時代の変化に合った経済理論を国民全てで共有しなければならないはずである。しかし、現代の国家統治における財務省の権力は絶大であり、国税庁の税務調査を恐れる主要メディアは財務省の採る財源論に反する財源論を正当なものとして扱うことを避ける。これは財務省の意思というよりも、財務省の意思をそんたくした主要メディアの姿勢だ。空気によって流される日本社会特有の現象かも知れない。

財務省と財政法】
 ここで読者は日本随一の知恵者が集まっているはずの財務省でなぜ論理的な検証が行われていないのかと疑問に感じておられるのではないだろうか。それは私の疑問でもあった。第5回でも書いたように私自身、かつては財政危機論を信じていた。ただ、与党の国会議員として、政権公約に反する消費税増税にどうしても賛成できなかったことがきっかけとなった。ゼロベースでお金と経済の関係を検証したとき、第6回・第7回で述べた信用創造のメカニズムにたどり着いた。現在の日本は人口減少社会となり基本的にデフレ圧力がかかっている。過度にインフレにならないように気をつけさえすれば国債の発行や政府通貨の発行により財源が確保できると分かった。いま、住宅産業に携わる方々は、消費税の増税により本来必要のない苦難に直面している。住宅産業新聞には、基本的な財政構造を公的な場で伝える機会を与えていただいたことにあらためて感謝したい。
 さて、それでは、なぜ財務省は財政危機論を採るのか。私がたどり着いた結論は、インフレで苦しんだ経験を持つ日本やドイツでは、財政当局が行き過ぎたインフレ防止策を採るようになったということである。
 詳しく見ていこう。日本の財政運営の基本的方針を決めているのは、戦後まもなくできた「財政法」だ(昭和二二年三月三一日法律第三四号)。財務省における憲法と言っても過言ではない。財政法では「国の歳出は、公債又は借入金以外の歳入を以て、その財源としなければならない」とし、いわゆる「健全財政主義の原則」を定めている(第4条1項本文)。理由は、「戦前の軍事費調達のための巨額の公債発行の反省が一つの契機であったともいわれている」(「予算と財政法」(小村武著:初版1987年:四訂版2008年:新日本法規出版株式会社)99頁。ちなみに著者の小村武氏は大蔵事務次官も務め、初版の当時は大蔵省総務課長をされていた。発行以来30年近くに渡り本書は財政法の教科書として用いられている。)
 財務省を規律する財政法は、国債の発行を財源とすることを原則として許さない。財政法において許される例外は「公共事業費、出資金及び貸付金」のみである(第4条1項但書)。その結果、特例公債は1975年に初めて発行されて以来、1990年から93年の4年間を除いては、毎年国会で新規に立法をして発行されている。わざわざ「赤字国債」と称されるのは財務省によるレッテル貼りだろう。私は、戦後70年経ち国際関係も国際的な通貨の基本的ルールも変わっているのだから、財政法も時代に合った法律に改正しなければならないと考える。しかし、財政法は財務省所管の法律であり、いわゆる「健全財政主義の原則」は建前としては一見しておかしいとは言えないため、財政法は改正されていない。
 それでは、この70年で変わった一番の変化は何だったのか。あらためて押さえておこう。一番の変化は、1971年にアメリカ合衆国によりドルと金の兌換が停止され、戦後続いたブレトンウッズ体制が崩れたことである。ニクソンショックと呼ばれている。有史以来、それまで通貨は、貴金属や穀物などの物理的価値のある物との直接的な繋がりがあった。しかし、ニクソンショックによりドルと金の兌換が停止されたことにより、世界各国の通貨全てが物理的価値のある物との直接的な繋がりを無くした。為替市場では固定相場制が維持できなくなり完全な変動相場制に移った。
 なぜドル金兌換による固定相場が維持できなかったのかについては解説書がたくさんあるので詳細はそちらを参考にしていただきたい。結論だけ申し上げれば、高度に情報化された現代グローバル資本主義においては、兌換紙幣から不換紙幣へという通貨の変質は不可避であった。第7回で述べたように、通貨の発行は日本銀行だけが行うのではない。預金設定という手段で民間の商業銀行も行う。融資が行われるかどうかは、借り手の信用だけでなく、貸し手である銀行の融資余力にも左右される。そこには、物理的価値のある物との直接的な繋がりは存在していない。融資が預金の設定という形で行われ、預金の設定によって世の中に流通する大部分の通貨の発行が行われる以上、通貨の発行が、金との交換をよりどころにするしくみから、経済的な必要性に応じて必要な量だけ発行されるしくみに変わったのは自然な流れである。
 前回述べたように、最終的な通貨の価値は、その通貨圏でその通貨を使う人間の経済活動によって決まる。その最終的な価値の根拠は、通貨の強制通用力を定める各国の法律である。円の場合には日本銀行法46条2項で「法貨として無制限に通用する」と定められている。
 前述のとおり、日本の現行の財政法は「戦前の軍事費調達のための巨額の公債発行の反省」から、いわゆる「健全財政主義の原則」をとっている。国民の資産を破壊する戦争は論外であるが、戦費調達を制限するために公債発行を制限するという手段についても、成熟した現代資本主義国家においては見直しをしていく必要があるのではないか。皆様からご意見を伺いたい。もしこの制約が外されれば可処分所得を減らしている日本の若い世代に住宅手当や子ども手当を十分に与えられる。住宅ローンも組みやすくなり、住宅建設費用も捻出できる。

【住宅産業「5層」構造】
 このように公的住宅投資には財務省から不必要な制約が課せられており、本来は民主的プロセスにより制約を外さないといけない。しかし、現政権がこの点に取り組まない以上、私たち民間にいる国民としてはこの制約のもとで効率的な産業構造を作っていくしか方法がない。
 そこで、あらためて提示をしたいのは住宅産業の「5層」構造である。私が分析した限り、最少の分け方でも住宅産業は5層構造になっている。図表は2011年11月15日参議院予算委員会の質問で私が示したパネルである。もちろん、この一層一層はさらに細かく分けられるのだが、全体の構造を見て各層の性質を最大公約数的にまとめるとこの5層に分けられる。

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 もう4年も前の質問になるが当時私が与党マニフェストの起草にかかわった住宅政策は現在の自公政権における住宅政策にも引き継がれている。いま行われている住宅政策を評価するモノサシとしても「5層」構造の見方は役に立つ。残念ながら紙面が尽きた。住宅産業をこれから更に発展させていくためにどのような点を押さえるべきなのか、次号から詳しく見ていくことにしよう。

(2020年11月26日ブログに転載。太字はブログ掲載時に強調した部分。)